1 環境省の取り組み
環境省は化学物質対策に関して、国民、事業者、行政、学識経験者等の様々な主体が参加した意見交換、合意形成の場として「化学物質と環境に関する政策対話」を設置し、その第1回会合を平成24年3月27日に公開で開催しました。
平成30年1月18日の第13回「化学物質と環境リスクに関する政策対話」の座長とりまとめに基づいて、環境省は「化学物質と環境リスクに関する理解力の向上とその取組に向けて」を発表しました。
この取り組みは、化学物質と環境リスクに関する理解力を身に付けることの重要性、地方公共団体の取組、事業者の取組、教育機関の取組、市民の取組、主体間連携の取組、将来に向けた視点などが網羅されているので、分かりやすく要約しました。
1-1 政策対話の指針
〇 化学物質と環境リスクに関する理解力を身に付けることの重要性
化学物質(天然由来のものを含む)はその様々な利便性により、私たちの生活になくてはならないものとなっています。しかしその固有の性質として有害性を持つものもあり、その取扱いや管理の方法によっては、大気、水、土壌、生物といった環境媒体を経由して人の健康や生態系への影響を及ぼすおそれ(環境リスク)が懸念されます。
化学物質の製造から流通、使用、そして廃棄に至るまで、化学物質のライフサイクル全体を捉えて、その利便性を享受しつつ環境リスクを適切に管理していくためには、化学物質の有用性やそれぞれの性状、役割とともに環境リスクを理解する力を身に付けることが極めて重要です。
まずは一人ひとりが化学物質と環境リスクの関わりを自らの課題として捉え、化学物質に関して興味・関心を持つことが、化学物質と環境リスクに関する理解力の底上げにつながるでしょう。
このためには、行政、事業者、教育機関等が「化学物質と環境リスクに関する理解力」を身に付ける機会を提供し、市民をはじめとする化学物質の利用者がその力を向上させることで、化学物質に関する基本的素養を高めることにより化学物質の選択や使用、廃棄の際に自ら環境リスクを適切に判断し低減するための行動につなげることが期待されます。
〇 地方公共団体の取組
地方公共団体においては、有害ごみの分別や処理に関して市民向けに周知を行っていますが、地域の事業者や市民を対象に化学物質に関するセミナーを開催するなどの取組が実施されているところもあります。
大規模災害に備えた化学物質による環境リスクの低減等を事業者が検討・実施するにあたり地方自治体が対策事例集を作成している例や、大規模災害時の二次被害を防止して消防活動をより安全なものとするため、市町村消防部局に対して事業所で取り扱う化学物質の種類や量、危険性情報などを定期的に提供している事例もあります。
以上のような現状を踏まえて行政による今後の取組の方向性としては、社会情勢の変化や市民の関心に対応して最新の情報を反映したガイドブック等の内容の更新や、わかりやすさを常に追求していくことが望まれます。
また、有害性情報をはじめとするリスク評価に必要なデータベースや、評価手法の紹介等も含む環境リスク評価の事例集、環境リスク低減に向けた取組事例集等の拡充も必要です。
〇 事業者の取組
事業者による今後の取組の方向性としては、経営者の理解のもとに、子供や市民を対象とした普及啓発や対話の継続的な実施、事例の共有、他の事業者・地域への展開が期待されます。
市民への情報提供の観点からは、サプライチェーンを通じた事業者同士での情報伝達が基盤となって、製品に含有される化学物質とその化学物質が使用される理由、取扱上の注意点等に関するわかりやすく入手しやすい情報の提供が望まれます。
化学物質を適切に管理しながら事業活動を行うためには、中小事業者においても自らが事業所のリスク評価を実施できるようになるための従業員のスキルアップも必要です。また、事業者における取組を推進していくためには、環境マネジメントシステム等への環境リスクの考え方の浸透を検討することも重要です。
さらに、事業者における今後の取組を推進するために、企業内外の専門家に求められるスキル・知識の在り方についても一層の検討が進められていくことが望まれます。
〇 教育機関の取組
学校教育においても、化学物質と環境リスクに関する認識や理解力を身に付けていくことは重要です。同時に、化学物質の社会的役割や有用性を併せて取り上げることで、児童や生徒の化学物質に対する興味や関心を高めることにつながります。
海外(米国、英国、カナダ)では、小・中・高等学校の「理科(Science)」の教科の中で、化学物質の性質や取扱上の危険性、ラベル表示等の基礎的な理解の上で、社会的な問題や身近な商品の選択・取扱方法についての注意事項が取り上げられている例もあります。学年が上がるにつれて化学物質と環境問題との関係やその解決策を考えさせる教育がなされています。
以上のような現状を踏まえ、教育機関による今後の取組の方向性としては、海外の例も参考に、先に示した小・中・高等学校の学習指導要領に示す教育内容を実施するほか、教科等横断的な視点で児童生徒の発達段階に応じて学習内容について工夫することが期待されます。
また、化学物質に関心のある児童や生徒を十分な認識や理解力のある将来の実務者や生活者に育てる観点や、毒性学やリスク評価、リスクコミュニケーションの専門人材充実のために、社会人教育も含めて大学等の高等教育機関の教育体制及び内容を充実させる観点からも同様の検討が求められます。
〇 市民の取組
市民には、化学物質と環境リスクに関する情報を理解するだけではなく、そのリスクへの対処法を主体的に判断し自らの生活で使用する化学物質を適切に取り扱い、健康への影響や環境負荷を意識して環境リスクを低減するための行動をとることが望まれまする。
まずは身近な製品等について化学物質に関するラベル表示や取扱説明書等にしたがって適切に利用することや、使用済の製品については地方自治体の指示に沿った分別を行うことより環境リスクの小さい製品の選択とそのためのコストの適切な負担が求められます。
行政や事業者、市民団体等が主催する環境学習の機会を通じて学ぶことに加え、市民自身が日々の生活の中で化学物質の環境リスクを判断し、行動することや、リスクコミュニケーション等の対話へとつなげていくことが望ましい。
各主体による市民向けの取組としては、地域レベルで実施されている環境学習の取組を紹介するイベントや、産業界主催による化学実験を体験できる子供向けのイベントなどがあります。
市民における今後の取組の方向性としては、市民としても主体者意識を持って化学物質の環境リスクに関する認識を高め、これを行動に移し、その結果や感想、他の主体への期待などをフィードバックしていくことが望まれます。
〇 主体間連携の取組
行政や事業者、地域の市民団体が、環境に関する講座や体験型のワークショップなどを開催するなど、地域レベルでの取組が行われています。地域によっては環境学習センターなどがコーディネーターとなって、学校等の教育機関、行政、事業者、市民が連携し、市民や子供を対象とした取組が実施されている事例もあります。
このような取組は、化学物質に関する知識が日々の生活での実践や行動につながるような機会を提供する場として重要であり、こうした地域レベルでの取組を継続的に実施していくシステムが必要でする。
以上のような現状を踏まえ、主体間連携における今後の取組の方向性としては、事業者同士(例えば、化学物質の製造者と使用者)、事業者と市民など、互いの情報共有に対する期待や課題を相互にわかりやすく伝え合うことが重要です。
そして、地域における環境学習の場を活用した行政・事業者・教育機関・市民等の主体間連携を促す取組、地方公共団体や事業者の連携による化学物質をテーマにした市民向け講座の継続的な開催、社会人教育の充実など、様々な検討や取組が進められていくことが望ましい。
〇 将来に向けた視点
新たな化学物質は今後も製造・利用されていき、化学物質に対する科学的知見も蓄積されていきます。こうした中で、化学物質と環境リスクに関する理解力が向上し、各主体が自ら判断・行動できるようになるために、将来にわたって各主体及び主体間連携による取組を継続的・発展的に実施していくことが重要です。
また、様々な主体・立場の一人ひとりが、自らの業務や生活で使用する化学物質を適切に取り扱い、健康への影響や環境負荷を意識して、環境リスクを低減するための行動を起こすための「動機づけ」も必要です。
そのため、化学物質と環境リスクに関する理解力の向上に向けた教育・人材育成の取組だけでなく、各自が行動するためのシステムを主体間連携により形成していくことが期待されます。
1-2 様々な世代・主体の参加
化学物質と環境リスクに関する理解力を身につける段階は、小・中学校といった義務教育、高等学校や専門学校、大学等の高等教育機関といった教育課程や事業所等でのOJT(オンザジョブ・トレーニング)、あるいは消費者教育や社会人教育など幅広いライフステージがあります。教育や研修の場以外にも、日々の暮らしや生活で化学物質に接する機会も多いのです。
また、化学物質と環境リスクに関する理解が社会の中で幅広く効果的に浸透するためには、各主体がその社会的役割に応じて行動することが求められます。なお、社会的役割の観点としては、例えば「事業者」の中には「経営者」と「労働者」の視点が含まれます。
また、「市民」の中には、化学物質を使用して製造された製品のエンドユーザーとしての「消費者」や、家庭や日常生活の中で児童に対して化学物質と環境リスクに関する理解を教育する立場としての「親・保護者」などの視点も含まれます。さらに、「行政」の中には化学物質に関する「専門部署」や「市民サービス」などの視点も含まれます。
上記の観点から、化学物質と環境リスクに関する理解力の向上に向けた基盤として、
・ 各主体間の情報共有を推進すること
・ 化学物質を適切に管理し活用していくための学校教育や社会人教育などを推
進し、ライフステージに応じた人材育成を図ることが重要です。
加えて、情報共有の方法、社会的関心、わかりやすさにも配慮しつつ、法令の遵守だけでなく、国際的な動向も踏まえて、各主体が協力して次に示すような取組を進めることが必要です。同時に、化学物質の環境リスクに加え、その利便性や有用性についても情報共有が行なわれることが望ましいのです。
1-3 主体間連携による取組
化学物質と環境リスクに関する理解力の向上に向けて、行政、事業者、教育機関、市民等の各主体がそれぞれに取組を進めているほか、主体間の連携によって進められています。これらの取組を紹介するとともに、今後さらに期待される役割について以下に述べます。
国レベルでの行政の取組としては、関係省庁の参加のもと「化学物質と環境に関する政策対話」や、化学物質の安全管理に関するシンポジウムを開催しています。環境省では、化学物質のリスクコミュニケーションにおける理解の推進を担う人材として化学物質アドバイザーを派遣しています。
このほか、化学物質に関する市民・地方公共団体向けのガイドブックや、化学物質に関する情報を市民にもわかりやすく整理・簡潔にまとめた化学物質ファクトシートを提供しています。
経済産業省では、地方公共団体の職員を対象とした研修の中でリスクコミュニケーションの講義・演習を行うとともに、事業者が化学物質の管理において自主的にGHS(The Globally Harmonized System of Classification andLabelling of Chemicals : 化学品の分類および表示に関する世界調和システム)に対応したSDS(Safety Data Sheet : 安全データシート)を作成していけるよう講習会を実施しています。
また、製品に含有される化学物質を適正に管理し、種々の規制に合理的に対応していくために、サプライチェーン全体で利用可能な製品含有化学物質情報伝達スキーム(chemSHERPA)を開発し、各業界への普及を図っている。